なぜ、共働きの妻は夫の会社に「家族手当なくせ!」とブチギレるのか
2014年06月05日
家族手当を「出さない」企業のほうが多くなった
東京都の「中小企業の賃金・退職金事情」を見ると、「家族手当を支給している」企業の率は、約30年前の1982年は83%だったが、2002年72%、2007年64%、2013年56%と年々下がってきている。
景気低迷や給与の成果主義移行などに伴い、家族手当や住宅手当など諸手当を廃止する企業の動きは止まりそうもない。
家族手当の歴史を紐解くと、その始まりは大正時代となっており、その後徐々に導入する企業が増えた。昭和時代になると、戦時色が強まって「産めよ、増やせよ」という国策のもとに、政府が民間企業の賃金体系まで統制し、家族手当の支給を民間企業に義務付けることまで行った。
そうした経緯のなかで戦後になっても多くの企業が家族手当を支給し、いってみれば日本的な給与制度の象徴のような存在となった。が、今、その象徴が失われつつある 。
そこで、さまざまな立場の人に話を聞くと、「家族手当」という制度には賛否両論あり、その議論が一部でかなりヒートアップしていることが分かった。
例えば、同じ30代男性社員でも、結婚しているか否かで言い分は180度異なる。
恩恵ゼロの独身者と、夫が「中流」の世帯の妻は、家族手当に大反対!
バトル1 30代男性会社員編
【賛成】(既婚)
「結婚すれば生活費が上がるのは当然。もし子供が生まれればますますお金が必要になる。会社は今後も家族手当を出して欲しい。少子高齢化は国家的な課題。会社も家族手当を増額して、子供を産みやすい環境にして欲しい」
【反対】(未婚)
「結婚していると家族手当が支給されるが、その金額が小さくない。ウチの会社の場合、扶養家族がいると、配偶者には月額1万円、子供には1人8000円出る。配偶者+子供2人の場合は合計で月額26000円になり、年間で31万2000円になる(企業の規定による)。年間31万円といえば、若手だと基本給の1ヶ月分以上になる。つまり家族手当があると、給与が13ヶ月分以上になるのだ。自分を含め社内の30代の男性の半分以上が独身で、このまま独身で生涯過ごすかもしれない。あまりに不公平な給与制度であり、手当制度だ。そもそも扶養家族の有無なんて、仕事とは何の関係もない。そこで格差を付けるのは意味がないし差別だ。廃止を求めたい」
独身者の言い分は、確かにわからないでもない。
だが、一見、不思議なのは次のように同じ妻というポジションでも、夫の給与レベルによって、家族手当支給の是非にかなりの温度差が出ることだ。
バトル2 妻編
【賛成】(夫は家族手当をもらえる)
「家族手当を廃止する傾向があるようですが、絶対に反対です。私は結婚生活3年目の専業主婦。夫は年収700万円以上を維持してくれているのでパートで出ずにすみます。扶養家族なので、税金を払わなくても良いし、年金の保険料もタダ。夫の会社から家族手当も出る。こんなメリットを今さら手放せません」
【反対】(夫は家族手当をもらえず)
「主人は上場企業勤務ですがアベノミクスでもほとんど給料が増えません。そこで、私は正社員の口を探したのですが見つけることはできなくて、結局パートの勤務時間数を増やしました。以前は年収100万円で長時間勤務になってからは年収180万円(月収15万円)になりましたが、月給から社会保険料や所得税、住民税などが引かれるようになったため手元には12万円しか残りません。さらに痛かったのは、夫がもらっていた家族手当の配偶者分(月額1万円)がカットされたこと。夫の会社では配偶者の年収103万円を超えると、配偶者分が出なくなるのです。一生懸命働いても損ばかり。それに引き替え、旦那さんの年収が高い近所の奥さまは働いていないだけでなく、家族手当までもらえる。そんなの不平等です。こんな家族手当の基準は、格差を助長するだけです」
配偶者控除廃止で4人家族は年間30万円以上の大損か
悩ましい問題だが、ここへきて既婚者にとっての「家族手当」制度の是非に大きな影響を与えそうなのが、配偶者控除という税制の行方だ。
配偶者控除とは、配偶者(妻)の年収が103万円までなら、納税者(夫)本人の所得から、所得税・住民税を控除する制度。多くの企業が家族手当の支給条件の1つに「扶養家族であること」を入れている。
ところが、安倍政権は、この配偶者控除の廃止をもくろんでいる。
もし廃止になったらどうなるか。明らかなのは夫の所得税、住民税などがアップすることだ。家計負担は確実に増える。となれば、家計を支えパートなどに出ていた妻は、より収入アップできる道を模索するに違いない。もとより、安倍政権は、配偶者控除廃止を女性の社会進出を促すことができる施策と考えているのだ。
首尾よく妻の収入が増えたとしても、悩みは消えない。年収が103万円までは住民税のみだが、104万円以上になると住民税に加え所得税もかかってくるのだ。
しかも、前述(バトル2:反対派)のように、夫の勤める企業のルールでは家族手当を出す要件として、妻が「年収103万円以内」としている場合が多い。つまり、前出(バトル1:反対派)のように子どもが2人いて月計26000円の家族手当を支給される世帯なら、年間で「約30万円」を失うことになる。妻は働けば働くほど、自分のクビを絞めるような状態になりかねないのだ。
残された選択肢は、妻が家族手当カット分をも補うような収入を得るように努力するか、働き損をしたくないとパートを辞めるか。
前者は妻の負担がかなり大きくなり、家事がおろそかになる可能性がある。後者は、家庭が貧困化するおそれが出てくる。いずれにしろ、配偶者控除廃止は女性の働き方に大きな影響を与えかねず、ひいては家族のあり方も変えてしまうくらいインパクトがある。
そもそも冒頭で述べたように家族手当の支給率は漸減傾向にある。この配偶者控除の廃止が決定することで、企業が家族手当の見直し(廃止)をする可能性もなくはない。
さきほどのバトルに即していえば、「家族手当賛成派」にとっては、現在の配偶者控除廃止+家族手当見直しという流れは、とてつもないWパンチになるかもしれない。
独身者は、配偶者控除廃止論議の行方に興味がないかと思いきや、さにあらず。既婚者が自分と同じ立場(既婚による恩恵がゼロ)になって勝利気分を味わえるのかもしれないのだ。だが、それではますます未婚率が増し、少子高齢化も深刻化するように思えてならないのだが 。
北見昌朗 きたみ・まさお
歴史に学ぶ賃金コンサルタント
昭和34年生まれ。名古屋市出身。(株)北見式賃金研究所代表。中小企業の賃金を実態調査した「ズバリ! 実在賃金」で定評がある。http://www.tin-age.com/